鹿児島県指宿市の畜産加工会社による牛肉の不適正表示問題で、2026年8月18日、元取締役が食品表示法違反と詐欺の疑いで逮捕された。
もちろん、逮捕されたという事実と有罪であることは同じではない。今後の捜査や司法判断を待つ必要があり、ここで個人や企業を断罪するつもりはない。
私がこの件を取り上げた理由は別にある。
「表示は企業の品格。そして人としての矜持」
「矜持(きょうじ)」とは、自分自身の能力、立場、生き方などに誇りと自信を持つこと。内面的な信念や自分を律する強い誇り。他人に見せるためではなく、自分を保つためのもの。プライドではない。
私は食品流通の仕事に長く携わってきたが、表示についてはずっとそう考えてきた。
消費者には確かめようがない
今回、農林水産省が畜産会社について確認したのは、牛種、原産地、牛個体識別番号の不適正表示だった。
肉専用種、交雑種、ホルスタイン種を含む牛肉を「黒毛和牛」と表示する。
沖縄県産や宮崎県産を含む牛肉を「鹿児島県産」と表示する。
複数の牛の肉を使用しながら、一つの個体識別番号を表示する。
すでに農林水産省は2026年3月10日、食品表示法に基づく指示と牛トレーサビリティ法に基づく勧告を行っている。
ここで私が問題だと思うのは、単に「法律に違反した」ということだけではない。
スーパーの売場で消費者が牛肉を見て、「これは本当に黒毛和牛なのか」 「本当に鹿児島県産なのか」 「この個体識別番号は本当にこの肉のものなのか」と判別することは、ほぼ不可能。
だから消費者は表示を信じるしかない
言い換えれば、表示とは、商品を販売する側しか知り得ない情報について、消費者から預かった信用そのものなのです。
見分けられないことにつけ込んではいけない
食品表示問題を見るたびに思い出す事件がある。
2008年、岐阜県養老町の食肉卸販売会社で発覚した飛騨牛の偽装事件。 下位等級の飛騨牛を上位等級として表示するなどした事件で、後に当時の社長は不正競争防止法違反で有罪判決を受けた。

また、愛知県西尾市のウナギ料理店では、中国産や台湾産などの外国産ウナギを「三河産」として提供していた問題が発覚。運営会社と役員は不正競争防止法違反で略式起訴され、それぞれ罰金の略式命令を受けている。

牛肉の等級も、ウナギの産地も、一般消費者が食べて見抜くことは極めて難しい。
A4をA5と言われて食べても、おそらく大多数の人には分からない。
外国産ウナギを三河産だと言われても、味だけで産地を言い当てられる人が何人いるだろうか。
だからこそ、やってはいけない。
「どうせ分からないだろう」は、表示に携わる者が最も持ってはいけない考え方だと思っている。
今回の畜産会社事件では、食品表示法違反だけではなく「詐欺」の疑いでも逮捕された。 この先、捜査によってどのような事実が明らかになるのかは現時点では分からない。
普通、表示違反で詐欺とされる案件は非常に少ない。
刑事事件に発展
今回の件は表示に携わる事業者にとって一つの警告、また、「他山の石」にはなる。
表示の問題は、「行政から注意を受けて直せば済む」とは限らない。
事実関係や故意性、取引の態様によっては、強制捜査を受け、刑事事件に発展することもある。 ただ、「逮捕されるから偽装してはいけない」と考えているわけではない。
逮捕されなくても、行政処分を受けなくても、いけないことはしてはいけない。
そこに法律以前の「矜持」がある。
まさしく、天知る地知る我知る人知る
温泉の表示も同じ。これは食品だけの話ではない。
私は温泉について調べることが多いが、温泉の表示についてもまったく同じことを感じている。
源泉の状態、加水、加温、循環、消毒、泉質に関する表示。 法律で定められていることさえ、表示していないことがある。
宿泊客や入浴客が、その場で科学的に確認できることには限界がある。
だから、利用者は掲示されている情報を信用するしかない。
食品の産地表示と構造は同じ。 提供する側だけが知っている。利用する側には容易に確認できない。 その情報をごまかすことを、私は「人としての矜持の喪失」だと思っている。
不正をした企業を責めるための記事ではない
この記事は、畜産会社や逮捕された元取締役を責め立てることを目的として書いたものではない。過去に表示問題を起こした企業や店舗を吊し上げることも目的ではない。
企業に対しては、
表示を軽く考えてはいけない。 表示の向こうには、それを信じて購入する人がいる。 そして表示偽装は、場合によっては刑事事件にまで発展する。
ということを、過去の事例から改めて考えてほしい。
一方、消費者にも、
残念ながら、表示されている内容が常に正しいとは限らない。しかも、消費者自身では見抜けない偽装も存在する。
ということを知っておいてほしい。
表示制度や法律をいくら整備しても、商品を扱う一人一人の良心まで法律で作ることはできない。
最終的に表示を支えているものは、制度でも監視でもなく、「嘘を書かない」という当たり前の矜持なのではないか。私はそう思っている。
表示は企業の品格。 そして、人としての矜持である。
食彩品館及びTMGP記 2026年8月18日

