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・徐福寿司サンマ寿司だけではない。「津本式血抜き」の熟成寿司を食すべし。田舎寿司盛り合わせもお勧め。
サンマ姿寿司で知られる徐福寿司。
新宮駅前に店がある。存在は何十年も前から知っていて販売商品も実食している。
ただ、実店舗では未実食。
実食記の前に、久々の新宮市をプチ観光しているので、その話から記録しておきたい。
太地観光を新宮市観光へ変更
当日は、宿泊した「碧き島の宿 熊野別邸 中の島」から、一度、勝浦港桟橋に戻り、その後、太地へ観光船で渡る予定だった。
あいにくの荒天で、観光船は湾内周遊のみ。次の目的地の太地へは船で行けなかった。鉄道やバスで向かうと帰りの列車の時間に間に合うか心配だったこともあり、急遽、新宮市観光へ切り替えた。
せっかくのバス付周遊チケット(名古屋から紀伊勝浦+周辺バス)なので紀伊勝浦駅から新宮駅までバスで向かうことに。
途中、何十回買物したかわからないほど通ったスーパーセンターオークワ南紀店前を通過する時に妻が「このあたり懐かしい」とつぶやく。

そうそう、子供が小さい頃、熊野へ帰省する度に母を連れて家族で買い物に訪れた。
そういえばマグロの刺身の無人販売店も近くにあった。近隣漁港の朝獲れ鮮魚が並ぶAコープの店もあった。
通過する度に子供に「このあたりが神武東征時の上陸地点」と説明した神武天皇聖蹟 狹野顕彰碑もある。


熊野速玉大社参拝
紀伊勝浦駅からバスに揺られて熊野速玉大社バス停で降りる。
神倉神社(世界遺産)の御神体であるゴトビキ岩に行く?と妻に問うも、特に興味はなさそうなので、熊野速玉大社(新宮)へ向かう。

私が子供の頃、新宮市を訪れると必ず、家族で速玉大社に参拝した。父は新宮市で大正時代に生まれている。













妻は初めての参拝。すでに那智大社や本宮大社へは私と一緒に参拝しているので、ようやく熊野三山参拝完了といったところか。
八咫烏神社や宝物殿を巡る。
速玉大社の 熊野神宝館には約1204点もの国宝が収蔵されている。これは奉納された古神宝類が一括して国宝指定されたため。別名「山の正倉院」と称せられているほど。


本殿で参拝を済ませ、熊野もうで餅(珍重庵)や川原家横丁を訪れる。


河原家横丁のことを妻に説明して、新宮川河川敷まで歩く。
雨で川が増水すると家をたたみ避難して、水が引くと元通りに店を再建するための簡易商店が河原家。
古くは江戸時代から、直近でも昭和の時代まであったそう。実際に、仕事で長崎県を訪れた際に、奈良県十津川付近や和歌山県の飛び地北山村で山仕事に従事していた人に出会ったことがある。河原家のことも知っていた。なんという偶然。




新宮城(丹鶴城)
速玉大社参拝後は新宮城からオークワ旧本店まで歩く。
国の史跡名称は「新宮城跡附水野家墓所」。丹鶴山に築かれているが平山城とされている。
幼い頃から何十回、いや100回は超えているであろう新宮行であるが、新宮城は訪れた記憶がない。新宮市生まれの父のことだから速玉大社同様に新宮城にも訪れていると思うが、当方の記憶には無い。





オークワ新宮仲之町店





保育園から小学低学年の頃、月に一回、父の給料が支給された最初の日曜日にはバスで1時間30分ほどかけて当店を訪れていた。1つだけという約束でおもちゃを買ってもらうのが楽しみで長時間のバス乗車に耐えた記憶が残る。
この店の記憶とオークワ発祥については過去記事(2011年)に記した。自分でもよく調べたなと思う。一読していただきたい。
・オークワ熊野店は本店で発祥地だった説について検証
浮島の森














新宮市浮島3-38
℡0735-21-0474
営業時間9:00〜17:00
(12~2月は~16:00)
定休日 無休
駐車場あり(無料)
料金入場110円(大人)50円(子ども)
前回訪れたのは2002年。再訪を願うも24年後ようやく訪れることができた。ただ、入口がどこだったか少々迷う。管理事務所と駐車場がある側まで大外をぐるっと一周。おかげで浮島の旧入口(現在は閉鎖)を見ることができた。
前回とほぼ同じ景観ながら、再体験したいと願っていた上陸時の浮島振動は今は不可。
かっては桟橋を渡って浮島地面にドンと降りると、沼沢(しょうたく)に浮かぶ泥炭浮遊体のため、浮島全体がというよりは足元周辺がグラグラと揺れたのです。
戦前までは台風や荒天時にも揺れたそうで、実際に島でドンと足踏みすると浮島が派手に揺れたとか。
昨今は見学者によって外部からの植物の侵入を防止するため、見学者の浮島への上陸は遊歩道のみ。ちょっと残念。
実際に地面に降りることができないので揺れないと思っていたが、後で調べると浮島自体が沼地の底に座礁してしまったため揺れなくなったらしい。
正確にはかろうじて浮遊状態を保っている状況(新宮藺沢浮島植物群落基盤調査報告1993年より)らしい。
新宮藺沢浮島植物群落
(しんぐういのさわうきしま)
多くの浮島は寒地に多いこともあり、紀州のしかも南部の暖地では珍しい。
この東西85m、南北60mで面積約5,000㎡ほどの浮島を覆う樹木はスギ、ヤマモモ、アカマツ、イヌツゲ、ヤブニッケイ、コバンモチなど。
この島が新宮藺沢浮島植物群落として国の天然記念物に指定(1927年)される理由としては、約130種(新宮市HPより)の熱帯と寒帯の植物が混成していることに依る。
浮島上陸地付近には寒地植物のヤマドリゼンマイ(湿帯性シダ)やオオミズゴケが群生し、一帯には暖地植物のテツホシダ(亜熱帯性)も混成している。
主な植物には寒帯・温帯の札が樹木名ともども表示されているので当方のような門外漢でも違いをよく理解できるのがありがたい。
途中、「おいのと大蛇の伝説」の底なし沼がある。釧路湿原の時のように本当に底なしなのかは試していないが、落ちたらズルズルと吸い込まれそうでちょっと怖い。











新宮駅
初めて当駅を訪れたのは1960年代中盤で入院中の叔父の見舞いのため新宮駅から天満駅まで乗車したのが初鉄道。蒸気機関車の警笛が怖かった。
その後、名古屋へ父の転勤のため家族で引っ越すことになるが、始点はいつも新宮駅だった。
子供の頃は新宮市は大都会だと思っていたが、当然、その後に見た名古屋は今で言うと、バーモント州,ノースダコタ州,サウスダコタ州,カンザス州,モンタナ州なんかからニューヨークのタイムズスクエアにいきなりお上りした状態を想像していただきたい。
懐かしい新宮駅。家族で上名時(上京ならぬ)にわざわざ見送りに来てくれた友と別れた懐かしい駅。父方の祖母の実家があった場所へ向かうバスの発着駅。
風景は変わったが懐かしさがこみあげてくる。ちなみにいつも自動車移動なので妻は新宮駅は初めて。特に感慨もなさそう。











徐福公園








秦の始皇帝に命じられた徐福が蓬来山にあるとかの不老長寿の仙薬「天台烏薬(テンダイウヤク)」を求めて日本を訪れた(ほぼ遭難)という伝説。
全国各地にも徐福伝説が残るが、和歌山県新宮市に徐福公園があり、徐福の墓がある。
さらに三重県熊野市には徐福が上陸したとされる場所(波田須)に徐福の宮があり、中国より持ち出したとされる擂鉢を御神体としている。


その波田須周辺では中国秦代の貨幣である秦半両が出土されていて、徐福伝説の信憑化の手助けとなっているし、徐福が求めたとされる仙薬とされる(諸説あり)クスノキ科クロモジ属の常緑低木「天台烏薬(テンダイウヤク,学名Lindera aggregata)」も植生。


2009年に熊野市遊木港から熊野灘沿いの国道311号線を尾鷲市までドライブした時に徐福茶屋(波田須)から徐福が上陸したという方面にある徐福の宮を眺めた記録が残っている。
・国道311号線をドライブして「おわせ深層水しお学舎」訪問。三重県熊野市大泊~磯崎漁港~波田須~徐福茶屋~新鹿漁港~遊木漁港~ハマケン・浜峰~ニ木島~甫母漁港~楯ケ崎~遠見番所~尾鷲市曽根~賀田~古江(2009年食彩品館記事)



さて、徐福公園へ前回訪れたのは2011年なので15年ぶり再訪。特に感慨も無く、公園内をぶらつく。前述した天台烏薬の木が公園内に植えられていて、前回売店を訪れた時には熊野番茶をブレンドした「徐福茶」として販売されていた。今回はどうやら売店はお休みの様子。
↓ 徐福神社 2011/04/09


ちなみに天台烏薬は江戸時代中期(享保年間)に中国から伝来したようで、徐福の時代には日本にはなかったとする説もある。
辻本大二魚店





新宮市を訪れたのは当店で買い物するため。15年ぶりです。
若かったご主人も・・・人のことは言えません。私も前期高齢年金生活者。
当日は荒天が続いたこともあり、残念ながら串本~太地~勝浦~那智~宇久井~三輪崎などの近隣漁港で当日水揚げされた地場魚種は見当たらず。
それでもキハダマグロの中落(本命のメバチマグロは勝浦で未入荷を確認済みのため代替購入)、自家製イワシ惣菜、同じく自家製アジの干物とイラギ(サメ)の干物2種を購入。
当然と言えば当然だが、マグロの中落は絶品。
そしてなんといってもイラギの塩干しはバツグンの食感と旨味がある。スーパーで買い求めるイラギの塩干はスカスカだったりするが、当商品はさにあらず。食べ応えあるも絶妙の柔らかさもあって絶賛の逸品。
徐福寿司


遅めの昼食のため当店を訪れた。
今回はサンマ寿司以外にも楽しみがあって、当店が手掛ける「津本式血抜き」の熟成地魚を食すため。
お昼の営業も終了に近い時間帯だったこともあり、たまたま仕込み中のグレの「津本式血抜き」を見せていただいた。


★田舎寿司盛り合わせ(小)750円

生魚系が苦手な妻のために当店の隠れ押しのメニューである田舎寿司を選択したというわけではなく、お腹の好き具合から少しだけで良いという理由での選択。
それでも熊野帰省時に見慣れたかんぴょう巻きや卵の巻きずしを本格的な飲食店で食すのは初ということで、妻がどのような反応をするか楽しみにしていたが、なんと大絶賛。
今回の旅行で南紀勝浦で食した目張り寿司(妻は外食では白浜温泉行以来)も絶賛していたし、東紀州出身者としてはちょっと嬉しい。
徐福寿司はいままでも、スーパーで買い求めたことがあるが、やはり人気老舗店でいだたく味は格別。
↓ スーパーマーケットで購入した徐福寿司(2007年~)

★さんま姿寿司

これはもう何百回いただいたかわからないが、やはり老舗店の作り立てはシャリの味や食感も良く、サンマの酢具合も上々。
さんま寿司には尾頭付きが必須。頭付で無いものはハレの日には向かない。
さんま寿司発祥の地である産田神社(熊野市)には「奉飯」という祭事があり、中骨まで残したさんま寿司が奉納される。
尾頭付きの魚は「始まりから終わりまで揃う」という目出度さの象徴でもある。
さんま寿司は是非とも尾頭付きで食していただきたい。
それにしてもこの店のさんま姿寿司は美味しい。

↓ 産田神社(熊野市)と奉飯



★「津本式血抜き」の熟成地魚
通常の神経締めは魚の脊髄(神経)をワイヤー等で破壊し、死後硬直を遅らせて高鮮度を維持する技術です。
旨味成分の減少を防ぐとともに、新鮮な状態を保ちつつ、熟成(イノシン酸の生成)することが可能。
当方、45年ほど前に年間200億円程の売上を誇る大型店の生鮮売場に新卒配属された経験があります。ジョブローテーションのため精肉→青果→鮮魚→青果売場と巡り、将来の生鮮統括部長候補として現場で教育訓練を受けた経験がある。
鮮魚売場での経験は少ないものの、年末には1日で2000万円を売り上げる鮮魚売場での修行で少々、魚のこと知っています。
加えて海釣りを趣味としていた時代もあって、釣魚の血抜きや神経締めの大切さは理解している。
今回、新宮駅前の徐福寿司を訪れたのは久々の尾頭付きさんま姿寿司と、「津本式血抜き」をした熟成寿司を食すのが目的。
さんま姿寿司に加えて熟成寿司を注文。食が細いので熟成寿司は1皿だけ。
★熟成寿司 グレ(メジナ)

なんだグレかと侮るなかれ。東紀州のグレは釣物としてだけでなく、処理の仕方によっては高級魚のような味になる。
実食の感想としては、死後硬直のコリコリ感ではなく、熟練老舗的江戸前寿司の熟成寿司のような旨味を実感できることに感激。
もちろん、シャリの空気感の違いはあるにせよ、ネタの旨味成分は半端ない。
これは感心した。
あまりにも感動している私を見て、若大将が津本式血抜きを目の前で実演してくれた。たまたま昼の営業終了の時間だったので次の営業に備えて仕込みをされていた時に遭遇した次第。



↓ 津本式血抜きを施したグレ(徐福寿司にて)

津本式血抜きの肝は神経締めした後の動脈内に効率よく送水すること。
神経締め→血管拡張→高圧ウォーター注水で血抜きをする。
詳しい作業については以下を参照されたし。
~津本式血抜きは、宮崎県の鮮魚仲卸「長谷川水産」の津本光弘氏が考案した、魚の動脈に水圧をかけて血液を完全に押し出す技術です。この方法により、魚の鮮度低下や臭みの原因となる血をほぼ完全に取り除き、魚の長期保存(熟成)を可能にし、旨味を劇的に向上させます。
「究極の血抜き」: 動脈に専用ノズルやポンプで水を注入し、エラや尾の付け根から血液を押し出す手法です。
道具: 専用の「ハピソン(Hapyson) 津本式血抜きポンプ」や「津本式公式 家庭用魚仕立てノズル」などが、Amazon.co.jpのほか公式ストアで販売されています。
メリット: 腐敗や臭みを防ぎ、特に白身魚や赤身魚の熟成において、魚の旨味を引き出すことができます。
活用シーン: 釣り場での処理から家庭での下処理まで幅広く使われています~(Google AI)
<ご参考>究極の血抜き津本式/Tsumoto(外部)
・血抜きポンプで魚仕立て講座編 vol.655(外部YouTube)



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