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1989年以来、5~6回に及ぶ中国訪問で、上海、福州、南昌、湖州、蘇州、無錫、常州、寧波、杭州、紹興、青島、煙台、威海、大連といろいろ訪れたが、やはり、初めて訪れた浙江省杭州市と衢州市周辺の思い出が印象に残る。


↓ 1989年~1990年当時の中国


↓ 1989年~1995年当時の市場(杭州、龍遊、他)


2020年現在は衢州まで上海虹橋駅から超特急列車/高速鉄路のG列車で2時間16分。快速列車でも5時間30分~6時間弱。
上海から杭州ならば1時間弱で到着可能。
1989年、1990年、1995年当時↓

お金も要注意で、中国人民が使う「人民幣」と我々外国人が使う「兌換元(だかんげん)※1979年~1995年廃止」が存在し、商品(中国外製品)や店によっては外貨兌換元でないと買えなかったりする。
当時の元のレートは1980年が151日本円/1元で、1985年に突然、50日本円/1元になり、兌換元が廃止となる1995年には11日本円/1元まで下がっています。(2020年4月は15日本円/元)
また、額面の価値は同額だが、人民幣からは日本円等の外貨に両替できないこともあり、当時の兌換券の最高金額札であった100元(1989年当時36,675円)で買い物してお釣りを人民幣で返されると大変なことに。
滞在中に人民幣で買えるものは低価格商品ばかりで使いきれず、かといって前述のように人民幣から日本円に両替不可。ただの紙切れとなってしまう。
当時(1989年)は知らなかったが中国人民にとって何でも買える兌換券は魅力があって、闇両替のレート(1.5倍~1.8倍)が存在していたとWikiに書いてあった。
我々の一行(10名程度)は商社の方と現地の対外貿易関係の役人がガッチリガードしていたので闇両替等の怪しい人は寄ってこなかったので、この件は後で知った。
↓ 当時の兌換元。裏面が使用注意事項が英語で記載されている↓

サソリ料理(煙台,威海)

1990年代になるとビールも冷えていて、刺身なんかも出されるようになったがベテラン商社マンの方は刺身で大変な経験をしたとおっしゃってました。
↓ 上は楼外楼(杭州,1989年)、下は福州市と大連の鮮魚系食堂

何故、水煮たけのこの産地をわざわざ見に行ったのか。
↓ 1989年・1990年タケノコ工場(浙江省)

↓ 1996年 管理されたタケノコ工場(江蘇省・浙江省)

↓ 1989年、1990年、1995年、1996年、1997年の現地の雰囲気↓
↓ 山奥のホテル

↓ 都会のホテル

↓市街の雰囲気







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